趣味嗜好によって異なります

おもしろい、という言葉で表現されるものは人の価値観によって異なってくる。例えばある人が銃火器を好んでいるようなら、そうしたサイトを見て『おもしろい』と感じるでしょう。例えば食人がテーマとなっている映画を見て、人間が無残に食べられていく様を見て『おもしろい』と、カニバリズムを愛好している人もいる。前者はともかく後者はかなり特殊な例だが、実際におもしろいと受け取る人がいるから中々侮れない。逆に受け入れられない人もいるので、ある意味では人間関係を決める尺度としては役立つかもしれません。

ただおもしろいというからにはやはり普段の、朝の喧騒に包まれて何を好き好んで軍隊アリを連想させる人混みにまみれて通勤しなければならないんだと、そして行き着いた先で長々と仕事をする苦痛に苛まれるも、稼がないと生きていけないというジレンマにかられつつ定時まで働いて数時間の残業に耐える日々を過ごす人たちにとって、おもしろいを求めた場合には『癒し』として見る人ももしかしたらいるかもしれません。

おもしろいサイト巡りをしていると個人的に行き着くものは決まっている、これを見れば確実に癒やされる『動物の画像』が紹介されているケースだ。動物の種類にもよりますが、特に筆者個人の趣向で言わせてもらえれば『猫』が挙げられます。

動物の無防備さが……、良い

動物ってどうしてあんなに可愛いんでしょうね、と個人的な感想をモロ出しにしてしまうと色々あれですが、猫の可愛さは特に尋常ではない。自身も猫は幼少期、というよりは生まれる前から親が飼育していたため、生まれてこの方猫と共に生活をしている。それはずっとそうなので、今となってはいて当たり前、家族の一員であるとみなしているほどだ。猫アレルギーの人には信じられない環境だが、猫の可愛さだからこそ見えてくるものもある。

共に生活をしていると猫という動物も、それとなく人間味が感じられるような行動を発揮するものだ。例えばベッド、自室に猫を入れていると落ち着く場所として一番の最有力候補となります。例え猫たち専用のベッドを用意していたとしても、広いほうがお好みのようだ。それは人間がシングルサイズよりもキングサイズを無償に欲するのと同じ心理だ。物理的な問題でキングサイズのベッドを自宅に設置できる人というのは、あまりいないと思いますが。ともかくベッドに一度落ち着くと、そこを我が物顔で占領します。果てはあまりのくつろぎぶりにいびき・寝言を呟く事もあるから、それだけ安心しきっている証拠だ。寝言についてはガチだ、本来猫は寝ている時も常に神経をとがらせているものだが、敵がいない自分だけしかいないことを確認すると、そんな無防備な瞬間も見せてくれます。

そうした画像もそうだが、他にも朝には律儀に起こしてくれたりする特技を披露する猫もいる。本当、猫ってどうしてあんなに可愛いんでしょうか?

犬も可愛い

猫も良いが、犬も比較にならないほど可愛い。こちらも例えば本来雪山での活動などにうってつけのグレートピレニーズを飼っている人がいる。その方も雪国住まいのようで冬場は厳冬に苛まれる。ただ室内外を基本としていると、いくら寒さに強いと言われるグレートピレニーズといえど、寒いのが苦手になるようだ。それが例えトイレが近くても、寒いから出たくないと嫌々な表情を浮かべる。飼い主的には困りものだが。

また犬と猫、この両方を飼育していると時期をきちんと考えれば共に生活できるのも知っている人は知っている。共に生活していると本来、体格差などを考えれば猫に負けないが、犬が猫パンチに圧倒されて何かと不自由な思いを強いられるような場面にも出くわす。そうした犬からすれば不憫な様子の画像もあるものの、見ている側としては和むのはしょうがない。

おもしろいにも幅が広い

さて、おもしろいという言葉に焦点を当てて現在でいうところのおもしろいサイトと呼ばれるものは何かについて考えてみた。ここまでのことを総じて見ると、要するに忙しい日常の中で少しでも安らぐ時間欲しさに見ている人が多い、と言えるのかもしれません。だからといってこれが悪いことではない、一日を通して笑うことの大切は科学的にも情緒を安定させる作用を持っていることが確認されている。仕事をしている人でも気分転換に覗いて見るだけでガラリと様変わりする。

だが中にはおもしろさを追求していくと趣味嗜好に偏りは出てきます、筆者は動物だったが先にも話したようにそれがカニバリズムといったかなり狭小的な価値観へと傾いてしまう事もある。おもしろい、この一言に焦点を絞っていくと世の中にはユニークさをウリに出しすぎているサイトというのもどうなんだろうと考えさせられます。